エド・ソープという名前を聞いたことがある方は、恐らく「ブラックジャックの必勝法」を発見した人物としてご存知かもしれません。しかし、彼の実績はそれだけにとどまりません。ソープ氏は数学者でありながら、カジノの世界からウォール街へとその舞台を移し、驚異的なリターンをあげた伝説の投資家でもあります。
ブラックジャックで“勝てるゲーム”を証明した男
ソープ氏のキャリアは、誰もが「勝てない」と思っていたブラックジャックへの挑戦から始まりました。彼は統計と数学理論を駆使し、カードカウンティングという戦略を構築。これにより、プレイヤー側がわずかでも優位に立てることを証明し、『ディーラーをやっつけろ（Beat the Dealer）』というベストセラー本を出版しました。
さらにあまり知られていない逸話として、彼は情報理論の父・クロード・シャノンと共にウェアラブルデバイスを開発し、ルーレットでも優位を築きました。44%という期待収益率を誇ったその試みは、まさに天才の所業と言えるでしょう。
カジノから市場へ──数学で市場を制した投資哲学
ブラックジャックでの成功後、ソープ氏はその理論を金融市場に応用することにしました。初期にはワラントや転換社債、オプションを用いた裁定取引に取り組み、自らの資金と家族の資金で年間平均25%という驚異的なリターンを記録しました。
1969年には「プリンストン／ニューポート・パートナー」を設立し、ブラック・ショールズモデルに先んじた独自のオプション評価理論も導入しました。その後、1994年には「リッジライン・パートナー」を創設し、2002年まで統計的アービトラージ戦略で20%超の年間収益率を記録しています。
成功の鍵は“繰り返し可能なルール”と“資金管理”
ソープ氏の考え方で最も注目すべき点は、ギャンブルと投資の共通項を明確に捉えている点です。彼にとって勝負は「再現可能なルールに従って行動すること」。そして最も重要なのが“優位性”を持つこと。これは確率的に有利な条件を確保することを意味します。
資金管理についても彼は極めて慎重でした。適切なベットサイズを設定し、過度にリスクを取らず、過小に抑えすぎず、常にバランスを重視します。実際、過去にPIMCOの創業者ビル・グロスも彼の著作に影響され、ケリー基準を用いて資産を増やした経験があります。
投資での“優位性”は時間との勝負
金融市場での優位性も、ギャンブル同様にいずれ他者に見つかり、競争が激化します。ソープ氏はそれを「掃除屋（Scavengers）」と表現し、早く気づいた者だけが利益を得られる世界であると語っています。
そのため彼は常に“次の優位性”を求め続けました。既存の戦略が広まれば、当然その超過リターンは消えてしまうのです。この姿勢こそが、彼の長期的な成功を支える最大の要因といえます。
「市場は不完全情報ゲーム」
ソープ氏は株式市場を「不完全情報ゲーム」と捉えており、これは彼が愛してやまないカードゲーム「ブリッジ」と同様だと語っています。どちらも“完全な情報”が得られず、その中で優位を築くにはスピードと分析力、そして判断の正確さが求められます。
また、彼は「ほとんどの人は優位性を持っていない」と断言し、もし自分にそれがあると思うならば、論理的に証明できる必要があるとしています。これは投資だけでなく、あらゆる意思決定において重要な原則です。
ソープが教える“インデックス投資の有効性”
ソープ氏はアクティブ運用が本質的にはゼロサムゲームであるという見解を示しています。つまり、全体の利益が一定の中で、一部が勝てば必ず誰かが負けているという構図です。これにより、手数料が低く、市場平均を狙えるインデックス投資が多くの人にとって最適解になるとしています。
もちろん、特定の優位性を持った投資家が成功することはありますが、その優位性が一時的であること、そしてそれが失われたときに備えることが大切だと説いています。
ソープが残した最後の教訓
エド・ソープ氏の生き方から学べる最も重要な教訓は、「学び続ける姿勢」ではないでしょうか。彼は自身を「問題解決者」と称し、常に課題に対して独自の視点とモデルで向き合い、仮説を立て、検証し、改善を繰り返してきました。
数学を武器にしながらも、彼の哲学は極めて実践的で、人間の非合理な行動も含めた“現実”を受け入れながら合理性を追求しています。まさに、投資の世界における“静かなる革命家”と言える存在です。
